CAPITOL WORLD CLASS HOTEL MILAN - Via Cimarosa, 6 20144 Milan (Italy)
   
   

カピトル・ワールドクラス・ホテル・ミラノ - ヴィットリオ・エマヌエレ 2 世大通り


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1865年〜78年に、ドゥオモ広場全体を見下ろすように建てられた巨大建築。中心街に向かって南北に伸びるアーケード街で、凱旋門も据えられ、史上初のショッピングセンターと見なされている。鉄とガラスで覆われたアーケードの下には、瀟洒なブティックや本屋、新鋭レストラン、カフェバー等が、入替わり立替わり軒を連ねてきた。現在はブランドショップが立並び、文化的なイベント等が催されている。工事を仕上げたジュゼッペ・マンゴー二は、完成直前に足場より転落死した。ガラスと鉄で出来た屋根は竣工時からのオリジナルで、同時代にロンドンやパリにも類似建築が造られている。
1881年ルイジ・カプアーナは「この通りは街の心臓である。ミラノの全鼓動がここで脈打っている。」と書き残した。
このヴィットリオ・エマヌエレ2世大通りと共に、イル・グラン・バール・ズッカもまた誕生した。当初、ドゥオモ広場のフィジーニ・アーケードに「ブヴェッテ」と言う店を構えていたノヴァーラ出身のガスパーレ・カンパリ氏の名案による。氏はエリクシール、ビターズ、クリームリキュールの考案者でもある。ドゥオモ広場とスカラ広場を繋ぐアーケードが完成した際に、フィジーニ・アーケードの屋根が陥落。カンパリ氏は新アーケード内への出店を決意する。イル・グラン・バール・ズッカには様々なエピソードが息づいている。まずは作家や芸術家、音楽家らのたまり場となり、その後、観光客や昔ながらのブルジョア、ミラノの富裕階級らが追随した。若きアリーゴ・ボイトやジュゼッペ・ジャコーザ、セガンティーニらがカンパリをすすりながら、この店でミラノ文化に邂逅した。
店の常連には、初の広告会社を創立したアッティリオ・マンツゥオーニ、後にゴム製チューブやベルトの工場主となるジョヴァンニ・バッティスタ・ピレッリらがいた。ヴェルディやトスカニーニもお気に入りで、国王ウンベルト1世は、この店のコーヒーを町一番と愛飲した。

 
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